映画『ちはやふる―結び―』和歌と競技かるたをつなぐもの

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映画「ちはやふる-結び-」公式サイトより
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映画『ちはやふる―結び―』公開からもう数か月。ネタバレしたいのをぐっとこらえつつTwitterではぼそぼそとつぶやいていましたが、もう大分ほとぼりも冷めてきたと思うので、今回は映画の内容とは別に和歌と競技かるたの世界のつながりについて感じたことをあれやこれやとまとめてみたいと思います。

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和歌はもともとどういう立ち位置だったか

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競技かるたについて語る前に触れておきたいのが、和歌がそもそもどういう立ち位置のものであったかということです。

和歌(やまとうた)はそれこそ日本に文字が伝わる以前からあっただろうと考えられています。万葉の時代よりもっと前、今のような31文字ではなく、ただの叫びだったかもしれないともいわれています。

「和歌」という言葉自体、「漢詩」と対になるようにできた言葉。漢詩は「からうた」ともいいます。

和歌と漢詩が対になるのは何も言葉上のことだけではありません。漢詩は当時の人々が学ぶものでした。官僚とは別に学者もいて、学者が何をするかというと漢文を教えたりするわけです。平安時代はすでに仮名がありましたが、これは私的な場で使う文字。当時公の場では漢文を使うのがふつうです。

そのため、漢詩=将来に役立つもの と考えられるわけです。

では一方の和歌がどうだったかというと、これは完全に私的なものでした。日本人が古来から口ずさんできたようなものが「万葉集」にたくさんおさめられていますが、これらは詠んだところで一銭のお金にもならないどころか、出世の役にも立たないものだったんですね。

漢字=男のもの(公的)、仮名=女のもの(私的)、というのは物語のはじまりの歴史から見てもよく知られるところですが、漢詩と和歌も同じように公私に区別される存在でした。

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「古今和歌集」の成立で和歌の世界が一気に広がる

そんなこんなで、和歌は歌を詠むのが好きな人たちの間で細々と続いてきた文化でした。平安初期はまだ遣唐使もあり、日本の文化より向こうの文化を取り入れるのに一生懸命な時代でもあったからです。

ひとつの転機となったのが「古今和歌集」の誕生ではないでしょうか。大規模な歌集には「万葉集」がありますが、最初の勅撰集はやはり「古今集」です。

「古今集」の何がすごいかって、はじめて和歌が論じられたということです。「古今集」は和歌だけで構成されているのではなく、冒頭に撰者の紀貫之が書いた仮名序と真名序があります。それぞれ平仮名と漢字で書かれた序文ですね。

この仮名序こそ、日本ではじめての歌論といわれています。書かれているのは、和歌がどんな歴史をたどってきたかや、万葉歌人について、また「古今集」成立より少し前に活躍した6人の歌人(六歌仙)の紹介などです。

「古今集」ができたおかげで、「遊びで詠むもの」とされてきた和歌が、はじめて「論じるにたるもの」になったんです。

紀貫之ってすごいなーと思うのはこういうところですよね。

実際の紀貫之はかなり身分が低い貴族で、彼の仕事は今でいう図書館司書のようなものでした。当然給料も低いです。それが、和歌の才能だけで今にも名を残している。

「古今集」の選者には貫之のほかに紀友則、凡河内躬恒、壬生忠岑の3名がいますが、いずれも貫之と同じかそれよりも身分の低い下級貴族です。位は七位とか八位あたり。おそらく優れた歌詠みでなければ名前も残ってなかったでしょうね。

「古今集」によって和歌が日の目を見て、優れた歌詠みが注目され始めたのは国風文化が花開いた時代だったというのもあります。そんな波に乗って、身分の低い歌人たちは「歌」という得意分野を伸ばしていったんです。

歌を詠むからといって出世したりはしませんが、貫之やそれ以前の歌人のなかには、上流貴族の代わりに歌を詠んだりしてパトロンを得ることもありました。

結局和歌が論じるにたるものとして注目され始めたといっても、貴族として正規ルートでの出世は見込めない程度のものですが……。

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競技かるたは職業じゃない

さて、やっと「ちはやふる」の話です。

見出しにも書きましたが、何が言いたいかというと「競技かるたは職業じゃない」ってことです。これが競技かるたと和歌の共通点のひとつなんです。

和歌はもともとそれを学んだから、うまく詠むからといって将来が明るいものではありませんでした。ここまでに説明してきたとおりです。現代に則していうと、歌が詠めたからって就職にはなにも関係ない、役に立たないということ。

これ、そのまんま「競技かるた」に当てはまるんです。

映画鑑賞当日、こんなことをTwitterでつぶやいていました。

和歌と同じで、競技かるたもクイーンになったからといってそれが就職につながるわけじゃない。大会で優勝すると有名大学の推薦をもらえたりするらしいですが、それはまあ別として。

作中でも、クイーン戦や高校選手権でいっぱいいっぱいな千早が、進路どうする?って悩むシーンがあります。太一も「千早と同じ土俵に立って自分を見てもらう」ためにかるたをやってきた分、千早抜きにかるたを見て、それでも名人を目指すのか、進路との間で相当苦しむ様子が描かれます。

全身全霊をかけてかるたに取り組んでいる最中に、パッと後ろから手を引っ張って邪魔をするのが「進路」なんですよね。

これは原作を読むともっといろんな人物の視点から描かれているので、ぜひ読んでみてほしいんですが、例えば最強のクイーン詩暢ちゃんも「かるた以外何もない」ことに苦しんで苦しんで答えを出そうとしている最中です。

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何かに熱中するということ

ここまで競技かるたと和歌が就職にまったく役に立たないよ、ということを説明してきたんですが、何が言いたいかというと、何の利益も得られないのに何かに情熱を注ぐって、どういうことなのかということ。

ここまでかるたと和歌に限定してぐだぐだしゃべってきましたが、これって何にでも置き換えられるんですよね。千早や太一や詩暢ちゃんの「進路」の悩みなんて、それこそ学生なら誰もがぶつかる問題のひとつです。

たとえば自分がのめり込んでいる趣味と進学を天秤にかけて悩む。多くの人が通る道です。でも、多くの人はどちらかを捨てたり、ちょっとずつ妥協したりして生きていませんか?「ちはやふる」に出てくるのはそういう人たちではないんです。

競技かるたに本気でぶつかって熱中して情熱を燃やして。そういう人たち。進路という壁にぶち当たっても、「好きなことは好き!」と決断できる。

何かに熱中するってこういうことなんだな、と映画を観ながら思いました。同時に、自分が趣味でしていることにここまで情熱をかけているか?と振り返るきっかけにもなった。

就職に役に立たないことに熱中すること」を描くにあたってこの映画が素晴らしいなと思ったのは、やっぱり和歌の世界とのつながりの描き方でした。

作中、かるたのシーンで「忍ぶれど」と「恋すてふ」の二首がキーとして登場します。「ちはやふる」内で選手たちがめざす「クイーン(若宮詩暢)」の象徴でもある「忍ぶれど」の歌ですが、これはそのひとつだけの意味をもって登場する歌じゃないんです。

以下、この二首を登場させることで描こうとした(私は思う)重層的なテーマについてちょろっと触れているツイートがあるので引っ張ってみました。

逸話でしかありませんが、歌合の場で自分が詠んだ歌が負けたからといって死んだ人がいる。壬生忠見って「古今集」撰者の壬生忠岑の息子なんですけどね。

要するに、「忍ぶれど」と「恋すてふ」の二首をひとつのテーマとしてこの映画で描いているということは、競技かるたに熱中する千早たちも平兼盛や壬生忠見が和歌に命を懸けたほどにかるたに心血注いでる、本気でやってる、ってことなんじゃないかな、と思うんです。

こんなに作品のあちこちにいろんなテーマを潜り込ませなくても本気で戦っているのはよくわかるんですが、これだけ重層的にいろんなテーマを「かるた」に集約した映画、素晴らしいとしか言いようがない。

和歌文化に目を向けるともっと「ちはやふる」という作品が面白くなる

いろいろ書き連ねてきて最終的には「この映画すごい!」という一言で終わりましたが、かるたに熱中する千早たちの世界と和歌の世界を重ねてみるともっといろんなものが見えてくるよ、という感想でした。

長々とした記事の最後まで読んでくださった方がいらっしゃいましたら、ありがとうございます。

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