ゴールデンカムイ最新話225話を読みました。
前回もやっとしたものがやや晴れた、そんな回です。
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前回の感想はこちら↓
潜むウエジ
ゴールデンカムイ 23 (ヤングジャンプコミックスDIGITAL)
当然ですが、あんなでっかいビール工場で火災が起これば人が集まります。消防もやってくる。
数回前にどこにいるのかわからないけれど登場したウエジですが、今回野次馬の中に姿がありました。囚人たちの顔を確認し、皆いることがわかると何かおっぱじめようとしている感じ……。何をするつもりだ。
歪んだ思想
前回、ジャックザリッパーは処女懐胎のみを是とする偏りすぎた思想を明らかにしました。彼の論理では愛のある行為であろうが商売であろうが、どちらも罪になるはずです。それなのに娼婦だけを狙うのはなぜか。
それは、彼の生母が娼婦だったからでした。母だという娼婦は、王族の男と愛し合って子を生んだと言っていました。「愛し合って」。前回アシリパさんが肯定したものです。しかし、彼女は娼婦だった。ジャックザリッパーはそんな女から自分が生まれたことがショックだったらしい。
どの作品だったか覚えてませんが、ジャックザリッパーの母はやっぱり娼婦で、そこに何かトラウマがあって、だから娼婦を狙ったんだという話があったな~と思い出しました。実際のジャックザリッパーは誰だかわかってないので彼の母が何者であるかもわかる術はないのですが。
どうも件の王族と愛し合った母は生まれた子を修道院に預けたようで、それが余計処女懐胎すばらしい、それ以外は罪、という歪みまくった処女信仰につながったんでしょうね。
で、彼にとっては罪人である娼婦を成敗した後「聖なる水(本人談)」で清めるのは、自分の罪から目をそらす言い訳でしょう。
愛のない行為の肯定
興奮するジャックザリッパーをアシリパさんは毒矢で脅しますが、これは結局脅しでしかない。どうしても尾形の右目を射たあの状況が思い出され、恐怖して刺すことができないのです。
アシリパさんはもう自分だけ殺しをせず清らかな身であることをやめる覚悟を決めたわけですが、とはいえこわいよね……。
そこに登場したのはもちろん杉元。杉元はアシリパさんに殺しはさせない主義です。鮮やかに腹をえぐり、のどを刺し、突き落とす。トドメに牛山の一発でアウト。
宇佐美のパパオパオと菊田さんのかけられ損の苦労は何だったんだろうと思うほどの手際のよさでしたね。
杉元は「処女」だなんだとこだわるジャックザリッパーに、
「誰から生まれたかよりも何のために生きるか」
野田サトル「ゴールデンカムイ」255話/集英社より
と言ってのけました。
そう。アンパンマンもそう言ってる。
「誰から生まれたか」にこだわっている人たち、思い出しますね。尾形、月島軍曹。そこにとらわれ過ぎていて、何のために生きるかなんて考えたことないんじゃないか。もしかしたら。だってそんな余地がなかった。
しかし、父に「生きろ」と言われたから生きている杉元と、生きる意味など見出さずに生きている尾形。どっちも呪縛。あんたたち、お互いの主張で救いあえば幸せになれるよ。
最後にトドメをさしたチンポ先生、娼婦を罪人だという男に対して「俺にとっては観音様」と言ってくれたのがちょっと救いでした。
前回、処女にこだわる犯罪者にアシリパさんは「自分は両親が愛し合って生まれた」と言いましたが、これはセックスの肯定ではあっても、その前に「愛のある」がつく限定的なもの。娼婦を罪人とするジャックザリッパーの思想を否定してはいませんでした。
当時はどうかわからないけれど、現代で考えれば職業選択の自由があるわけで、セックスワーカーは否定されるものではない。強要されたのではない、合意のもとで行われるぶんに関しては何でもいいじゃないと思う。
自分が世話になっておきながらその手の職業の女性を汚らわしいもののように言う人間もいますけど(それこそジャックザリッパー的思考)、チンポ先生は娼婦に対しても紳士的ですから。そこはよかった。女性を対等に見た発言ではないけども、職業の肯定にはなっていると思う。
尾形VS宇佐美
一方、ヴァシリとの戦いのはずが宇佐美と出くわして苦手な近距離戦でボコボコにされる尾形。銃から弾も抜かれ、ぶん投げられて引きずられて瀕死。
宇佐美は「安いコマ」呼ばわりされたことが相当頭にきているらしく、一言物申さねば気が済まなかったようです。
「商売女の子供の分際で」
野田サトル「ゴールデンカムイ」255話/集英社より
これが言いたかったらしい。
ここでも言及される「誰から生まれたか」問題。
宇佐美自身は特に問題もなさそうな家庭に生まれて、「生まれ」に関しては尾形を下に見てるんだろうけど、その「生まれ」は自分の痛いところでもあるでしょうに。「安いコマ」呼ばわりにぶちギレたのはまさに「生まれ」ゆえでしょう。生まれゆえに敬愛する篤四郎さんに空気のように扱われた過去。才能は自分のほうがあるのに「生まれ」ゆえに篤四郎さんに大事にされる友人(友人といっていいのかわからんけど)。
強みがあるんだからそこを大事にすればいいのに、弱みを気にせずにはいられないんですね、みんな。
宇佐美は言いたいこと言ってスッキリ。「銃がなければ何もできない」と言うけれど、翻ってみれば銃さえあれば何でもできるんだよ。
尾形は引きずられながらも弾を一個口に隠し持っていました。
宇佐美、右の腹部やられたけどこれ大丈夫だろうか……。
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