芝生に立ち尽くすおっさんのポスターを見たときから気になっていた「パラサイト 半地下の家族」。ちょっと前に観てきました。
おっさんことソン・ガンホが出ている映画は名作と決まっているし、また私は金持ち社長役のイ・ソンギュン(声が好き)とギウ役のチェ・ウシクが好きなのです。それ以外も大体ドラマでおなじみの俳優さんたちでした。
この映画、巷でいわれているようにジャンルのカテゴライズが難しいですね。コメディ、ブラックコメディ?ドラマ、スリラー。いろいろ網羅していて、飽きませんでした。
ある程度は予測ができるんだけど、「そうきたか!」という仕掛けがあります。また結末、とくに物語が終わった後に主人公がどういう道をたどるのか、なかなか答えは出ません。
あらすじ
貧乏一家で半地下に暮らすキム・ギウは、大学受験に何度もチャレンジするも毎回落ち続けている。父・ギテクは何度も事業に失敗し、母・チュンスクは元ハンマー投げの選手だが、今は見る影もない。妹のギジョンは美大に通うための予備校に行くお金もない。
一家全員が絶賛失業中。ピザ屋の箱折り作業で小銭を稼ぎ、上の階の住人のWi-Fiを無断で利用する日々。そんなとき、ギウの友人・ミニョクが訪ねてくる。名門大学に入った勝ち組のミニョクは、自分が留学する間代わりに家庭教師をやらないか、という。教え子は金持ちの子で可愛く、ギウならば信じて任せられるというのだ。
ギウは経歴を詐称し(名門大学在学中と嘘をつく)、高台のモダンな豪邸へと足を踏み入れる。家の主人はIT企業の社長・パク・ドンイク。ギウはまずパクの妻のヨンギョが見守る中、お試しで一度娘・ダヘの授業をするが、見事親子の心をつかむ。(恋心までつかむ)。
受験のプロとしてヨンギョ、ダヘの心をつかんだギウは、パク家の下の子・ダソンが落ち着きがない様子を見て、「もうひとり紹介したい人がいる」といって妹のギジョンをダソンの家庭教師としてねじ込むことに成功する。
味をしめたギウ、ギジョンは、次に父のギテクをパクの運転手に、そしてもともといた家政婦を追い出し、ついには母のチュンスクを家政婦の座に据え、一家4人そろってパク家に寄生することに成功する。
パク家が全員でキャンプに出掛けた日、キム一家は大豪邸をわが物顔で使い堪能する。ギウは「ダヘと結婚して名実ともにこの家の主になる」という計画を披露するが……
その日、キム一家は大豪邸の下に隠された秘密を知り、計画はやがて破綻していくことになる。
半地下の家族
韓国ドラマを観ていると、だいたい富裕層と貧困層の男女が出会ってなんやかんやあって壁を乗り越え結ばれる、という展開になります。
貧困層の主人公は、たいてい屋根部屋(建物の屋上にある部屋)か半地下(または地下)に住んでいるものなので、韓国ドラマを観ている人たちにとってはなじみ深い設定だと思います。
貧乏なら別に屋根部屋でもいいのですが、この映画は「半地下」であることに意味があります。窓から見える風景は、酔っ払って立ち小便をしていく男。家の中で一番高い場所にあるのはトイレ(半地下なので水圧の問題で上にある)で、洗濯物はいつも部屋干し。
じめじめした半地下は便所コオロギの巣窟であり、家の外で害虫駆除の噴霧が始まると、「ちょうどいいから家の中も駆除してもらおう」と窓を開けて待つのです。
富裕層と貧困層
高さの表現
友人・ミニョクの紹介によって、ギウから始まり家族全員がパク社長の大豪邸に寄生することに成功します。
もうひとつ。特にパク社長宅のシーンでは、階段が多く、人が上下するさまが印象的に描かれていることがわかります。映画冒頭からカメラワークに注目してほしいのですが、ギウの家では上から下に、パク社長宅では下から上に、画面が動くことがわかります。これは徹底されていますね。
金持ちは常に上を見ていて、貧乏人は決して上へは上がれない。
一番みじめなのは、パク一家が大雨のためキャンプを切り上げて帰ってきたおかげで、キム一家が雨の中自宅まで逃げ帰るシーンでしょう。高台の家とはいえ、ここまで落差があるのか……と唖然としてしまうほどの高低差。ギウたちはどんどん階段を下りていきますが、下に降りるにつれて地面を流れる水は勢いを増します。そりゃそうです。水は上から下へ流れる。
家に帰ってみると、半地下にある家は豪雨による増水に耐えきれるはずもなく。すでに家の周辺は水に浸かった状態であり、家の中もトイレの便器から水があふれ続けます。
下水にまみれ、体育館で一夜を明かしたキム一家は、翌朝「ダソンの誕生パーティーをする」というパク夫人に呼ばれ、災害のなか呑気にパーティーをするという一家の元へ出かけていくのです。高台にある大豪邸は、下界の騒ぎなどないかのようにのどか。
パク一家に寄生し、すぐに同じレベルに、と計画を語った昨日とは一転。ギウたちはまざまざと階級差を見せつけられるのです。立場によって、見えているものはこうも違うのか、と。
貧困層のにおい
パク夫人は美しいものの、家事もできず、人を信じやすく、呑気です。家のことをこの人に任せたからキム一家を知らず知らず寄生させる事態になったわけですが、本当の金持ちってこんなもんなんでしょうか。
一方、夫のパク社長のほうは、妻よりもいささか鼻が利くというか、貧乏人に対する目がかなり差別的です。
キム一家の前ではいい顔をしますが、いない(実は隠れて聞いていたりしますが)と思うと嫌悪感を露わにします。特に彼が気にするのは、「におい」です。キム一家のにおいに誰よりも早く気づいたのは末っ子のダソン(いちばん侮れない子です)ですが、キム社長は特にギテクのにおいはひどい、と言います。例えるなら、古い切り干し大根だと。
キム一家がテーブルの下に隠れているとも知らないで、ギテクは一線をギリギリ超えないから許しているが、あのにおいは耐えがたい、と鼻で笑うのです。
直前まで「パク一家はいい方たちだ」と言っていたギテクも、テーブルの下に隠れ、パク夫婦の情事の一部始終を聞かされながら、みじめな気持ちで耐え忍びます。
パク社長はこうやって貧乏人に対する嫌悪感を表すのですが、妻のほうはあまり気づいてはいないようでした。「言われてみれば……」と思うくらいで、使用人のことなんて意識することもないのです。
パク社長はおそらく一代で財を成したタイプでしょう。ミニョクのように一般家庭から名門大学に入り、自分の持つ才覚で成り上がったのだと思います。そうやって金持ちになって出会ったのが、おそらく妻のヨンギョ。ヨンギョはおそらく、もともと金持ちの家に生まれたのだと思います。家事はできないし、使用人に対しては「使用人だ」という認識以上には特に関心を持ちません。
金持ちって、自分とはほどとおい立場にあるものは見えないものです。でも、もともと下にいた、もしくは隣接する地位にある人ほど、下を意識してしまうのです。
貧困層の足の引っ張り合い
キム一家は、パク社長宅の地下シェルターに人が隠れ住んでいたことを知ります。追い出した家政婦のムングァンの夫が隠れ住んでいたのです。この夫は事業(台湾カステラ)が失敗して借金まみれになり、身を隠すためここで暮らしていたというわけです。
台湾カステラ、一時期一大ブームになり、あっという間にブームが去ってしまった食べ物です。原材料に健康を害するものが入っていたとかで。
なんだか今のタピオカブームもこういう人たちを生むんだろうな、と思いながら観ました。
ムングァンは流れでキム一家が名前を偽って家族ごと寄生していることを知り、お互い協力してやっていこうというのですが、それぞれが揉み合っているうちにパク一家が帰宅する流れに。ムングァンはパク一家にキム一家の正体を知らせようとしますが、チュンスクが地下に蹴り落としたことで頭を強打します。
結局ムングァンはその後息を引き取り、妻を失ったグンセは翌日、パーティーの中でギジョンを刺しました。それを見たチュンスクはバーベキューの串でグンセを刺し……。
ギテクは娘のギジョンを心配しますが、パク社長は今にも死にそうなギジョンには目もくれず、グンセを見て気を失った(グンセは以前夜中にダソンと出くわしていて、幽霊だと思われていた)だけのダソンを案じてギテクに「車のキーをよこせ」というのです。
おまけに、ずっと地下にいたグンセの匂いに気づくと嫌な顔をする始末。グンセが刺されて死んでいることも、ギジョンが瀕死であることも、パク社長にとっては些末なことなのです。グンセに対する反応を見たギテクは、思わずパク社長を刺し殺してしまいます。
ムングァン、グンセと協力していれば、これからも寄生生活はうまくいっていたかもしれません。しかしそうさせなかったのは何か。もちろん、秘密を知られてしまっては困る、という気持ちもあったでしょうが、キム一家は「下には下がいる」と思ったのではないかと思います。
高台にある大豪邸。上の世界を間借りして楽しみつつあるキム一家は、その上の世界にさらなる下が隠れていようとは思わなかったんでしょうね。グンセとムングァンの話を聞いて、自分たちの過去と同じ匂いを感じつつも、「もうこうはなりたくない」という気持ちが働いたんじゃないでしょうか。同族嫌悪というか。
同時期、私は「ダウントン・アビー」も観たのですが、同じように限られた空間での階級社会を描いた作品でありながら、こうも違うのか……と笑ってしまいました。まあ、ダウントンアビーも主人一家と使用人が協力し合う一方、同じ「使用人」でありながら宮廷の使用人のマウントにブチぎれる、という一面もありましたが。
災厄をもたらした友人・ミニョクと山水景石
豪雨の夜が明けて、ギウはすべてのはじまりである自分が責任を取らねばならないと考えます。パーティーの最中、ダヘとキスをしながら、「自分はこの場所にふさわしいのか」と問うギウ。その直後、ギウは岩を持って地下へ向かいます。ムングァンとグンセを処分するためでした。ところが、ムングァンが生きているかどうか確かめている間に、後ろからグンセに襲われてしまうのです。ギウは自分が持ってきた岩で頭を打たれ、血を流して倒れます。
目が覚めたのは、全てが終わった後でした。
実は、ミニョクは家庭教師の話を持ってきたとき、富をもたらすという山水景石(さんすいけいせき)をギウに渡しています。これこそ、ギウが頭を打たれた岩でした。
山水景石、おおよそ半地下の家には似つかわしくない美しい岩。これは映画ポスターにも登場しています。重要なのがよくわかります。
半地下の家に似合わない岩を持ってきたミニョクは、また半地下の住人であるギウには似つかわしくない「大豪邸での家庭教師」の地位を持ってきたのです。結局どちらもキム一家には分不相応だった。
思えば、山水景石といっしょに富をもたらしたと思ったミニョクは、全ての元凶をもたらしたのでした。冒頭にしか登場しない端役でありながら、パク・ソジュンが演じた理由はもしかするとこういうことだったのかもしれませんね(笑)
端役でありながら、かなり重要な役どころ。留学から帰ったミニョクはいったいどう思ったんでしょうね。
ミニョクが元凶を作ったとはいえ、この作品に悪人はいない、というのがまたモヤモヤするところです。
それぞれ欠点はあるし、人を騙して潜り込むのはよくないし、金持ちは鼻につく。でも、完全なる悪人っていないんですよね。
ギウが始めた計画は、そもそも何が原因なのか。受験の失敗、父の失業、韓国の1997年の通貨危機……。たどっていくと、誰のせいとも言えません。強いて言うなら環境のせいかも。
「プランは立てなければ失敗しない」。ギウの計画はどうなる?
ムングァンとグンセとのバトルから、パク社長の本音を聞いてしまったキム一家。泣きっ面に蜂です。どうにかこうにか豪邸から逃げ帰って、避難所でようやく落ち着いたギウたち。
ギウはギテクに、「これからのプランは何かあるか」と問います。ギテクは、「プランは何もない。何もなければ失敗することはない」と言うのです。
今までいろんな事業にあれこれ手を出してきては失敗したギテクならではの答えですね。夢を見ては失敗し、どん底に突き落とされてきた。ならば、最初から夢なんて見なければ、計画なんて立てなければ失敗しようがないではないか。
現に、ギウが「ダヘと結婚してあの家の主人になる」という夢を語った直後、ムングァンとグンセの登場により夢は足元から崩れそうになっています。そしてその夢は、パーティーでの事件で潰えました。
事件後、目を覚ましたギウは、父ギテクが豪邸の地下に身を潜めていることを知ります。今、豪邸には何も知らない外国人が暮らしています。
ギテクを救い出す方法は何か。自分が金持ちになって、あの家を買い取るしかない。ギウはそう考えるのです。金持ちになって、いつの日かあの豪邸を自分のものにし、父を救い出す。ギウはそう誓うのでした。
プランは立てなければ失敗しない。果たして、ギウの計画は成功するのでしょうか。
この作品、もともとギウの計画からスタートしています。「計画」が重要なカギだと思うのです。そう考えると、ギテクの「プランは立てなければ失敗しない」という台詞を聞いた感じでは、ギウの計画は成功しないだろうな、と私は思います。
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