12月30日に放送された『満島ひかり×江戸川乱歩』。シリーズとしては『シリーズ江戸川乱歩短編集』の第3弾にあたります。
私は第1弾は観ておらず、第2弾は『人間椅子』を観ました。このシリーズ、毎回「限りなく原作通りに~」と注記しているとおり、びっくりするほど原作をなぞる形で進むんですよね。
横溝正史の短編シリーズドラマも似たような感じで、小説のテクストを朗読しながら進んでたような。
『人間椅子』は醜い椅子職人の男がデカい革張りの椅子の中に入って日中は人に座られることで興奮を覚える的な変態の話ですね。しまいには顔の見えない相手に恋するようになり、自分のことも相手に知ってほしいと手紙を出す……という。
とにかく、老若男女さまざまな人が椅子に座る。その描写もまた気持ち悪く、男の行動も気持ち悪く……
気持ち悪いのに見入っちゃう、それが江戸川乱歩の魅力ですよ。
第3弾は『お勢登場』『算盤が恋を語る話』『人でなしの恋』の3本でした。
お勢登場
肺病を病んでいる格太郎の妻・おせいは、「父親のお見舞い」といってはめかしこんで出かけます。お見舞いというのはウソで、本当は不倫相手に会いに行っている。格太郎もそのことを知っていて、相手は書生であろうこともわかっている。それを理由に離縁してやろうとも思ったこともあったのだけど、おせいは格太郎をほったらかしにするわけではなく、時々格太郎を構って愛撫することも忘れない、という。格太郎はそれで満足してしまって、息子がいることでもあるし、離縁に踏み切れないでいるのです。
事件が起こったのは偶然のことでした。格太郎は息子とその友人が家の中で遊ぶのにつきあって、かくれんぼをしていました。
最初に格太郎が隠れたのはたんすの中。が、戸の向こうから息子の正一が「パパはきっと押入れの中にいるよ」と言うのが聞こえる。それで格太郎は場所を変え、同じ部屋にあった長持の中に隠れたんです……。
子どもたちはそれを見つけられず、最後には飽きて外で遊び始めます。格太郎は長持の中から出ようとするのですが、上蓋はびくともしない。入った際に金具が下におりて、閉じ込められてしまったのです。
格太郎は焦って大声で女中や正一を呼ぶも、誰も気づかない。やがて密閉された長持の中はどんどん空気が薄くなり、格太郎は息も絶え絶えです。
地獄のような苦しみの中にあった格太郎に気づいたのは、例のごとく不倫相手と会って帰ってきたおせいでした。おせいは主人の部屋からうめき声が聞こえるのに気づいたのでした。
おせいは助けを求める夫に声をかけながら長持を開けるのですが、突然何を思ったのか、また蓋を閉めて掛金をかけてしまうのでした。
いっそう強く助けを請う夫の声を後目に、自分が今しでかしたことを反芻しながら、置かれた状況を確認して「大丈夫」「大丈夫」と言い聞かせる。
状況的におせいが犯人と知られることはまずなく、かくれんぼ中の不幸な事故として済まされる。そしてそのとおり、警察は事故として片づけてしまいました。
最後には、おせいの罪が暴かれることなく、おせいは夫と暮らした家を売り払い、正一と共に姿を消すのです。
ふ、とした瞬間に首をもたげる悪
おせいは果たして、夫に対する殺意があったのかどうか。
格太郎が長持に閉じ込められたのは偶然のことで、長持を開いた瞬間までおせいは「子どもの遊びにつきあってこんな目にあって……」と呆れ半分で対応しているのです。
この瞬間まで殺意なんてみじんもなかったでしょうね。原作本文では、おせいが蓋を開けた次にこう続きます。
若しおせいが生れつきの悪女であるとしたなら、その本質は、人妻の身で隠し男を拵えることなどよりも、恐らくこうした、悪事を思い立つことのす早やさという様な所にあったのではあるまいか
要するに、人は平生何の悪の感情も抱いていないようで、こんなふうに何でもないとき瞬時に状況を判断して悪事を思いつくことがあるということですね。
でもおせいは血も涙もない悪女というわけでもなく、長持を閉じたときに感じた、夫が弱々しく押し返す感触が忘れられず罪悪感たっぷりという。
この件は詳しく調べられた様子もなく片が付いてしまうんですけど、格太郎は一応ダイイングメッセージを残しているんですよ。爪でひっかいて、爪が剝げてしまうと歯を抜いて?まで「オセイ」と。
真っ先に気づいたのはおせいで、また格太郎の弟の格二郎も目にしてしまいます。格二郎は常々「自分ならさっさと離縁してしまうのに」とこぼしていたのでおせいを疎ましく思っていたんですけど、このときは「まあ、それ程私のことを心配していて下すったのでしょうか」というおせいの欺瞞にだまされ、「最期までこんな女のことを……」と思うばかりです。
アホ……
ここに金田一か明智がいたらなあ……。
探偵が登場することなく、格太郎はただおそろしい悶死を遂げ、おせいは罪が知られることなく去るという、もやもやしたまま終わるホラーミステリーです。いや、ミステリーでもなんでもないか。
最後、長持はおせいの手で古物商に売られ、どこかに買われていきます。ラストはこんなふうに締めくくられます。
その長持は今何人の手に納められたことであろう。あの掻き瑕と不気味な仮名文字とが、新しい持主の好奇心を刺戟する様なことはなかったであろうか。彼は掻き傷にこもる恐しい妄執にふと心戦くことはなかったか。そして又、「オセイ」という不可思議なる三字に、彼は果して如何なる女性を想像したであろう。ともすれば、それは世の醜さを知り初めぬ、無垢の乙女の姿であったかも知れないのだが。
知られなければ罪はないことになります。おせいの罪もおせいの中にだけひっそりと残っています。
これはどういうことが言いたいんでしょうかね。おせいのように計画していたわけでなくても突然悪事を働くこともあるよ、とか、人は誰しも生まれながらに悪を内にひそめているんだよ、とか。そういうことでしょうか。
後味の悪さばかりがこの作品を印象付けますね。
算盤が恋を語る話
2本目はホラーではありません。引っ込み思案な男の恋の話です。
とある造船会社の事務方、会計部に所属するTは引っ込み思案な男で、特に女性に対しては極端にひどい。助手のS子のことを好きだが、自分の容姿に自信のないTは自分の口から打ち明けることができない。正面から告白することができないTはあることを思いつき、行動に移します。
それは、S子のデスクの算盤を「十二億四千五百三十二万二千二百二十二円七十二銭」とはじくこと。内容は単なる数字ではなく暗号になっていて、五十音の「あいうえお」「あかさたなはまやらわ」にそれぞれ1から数字を割り当て、例えば「し」なら「さ」行の「い」段なので、「32」となるわけです。
こんな遠回しなやり方で告白を試みるんですが、S子は全く気付かず朝やってくると算盤をじっくり見ることもなく棚にもどしてしまう……という。
しかしそんなことで諦めるTではない。同じことを2週間も続けて、ようやくS子は気づくんですね。
こんなめんどくさいことをTは続けて、S子の反応を見つつ脈があるかどうかと、自分が傷つかずに済むような手口でアプローチする。
TはS子が暗号に気づいたと思い、「今日仕事帰りに遊園地で会おう」と暗号を残します。その日の帰り、なんとS子はデスクの上に算盤を出しているではありませんか!
しかも、確認すると「ゆきます」となっている。
Tは有頂天になって遊園地へ行き、S子を待ちます。しかし待てど暮らせどS子は現れず……。
夜も深まってきたころ、Tは「もしや」と会社に戻ります。確認したのは、S子が計算していた原価計算簿。帳尻の締高を見ると……
「八十三万二千二百七十一円三十三銭」となっていたのです。これは暗号として解読すると「ゆきます」となる。あれは偶然だったわけです。
Tはずっと一人相撲をしていただけだったのです。
ユーモアはあるけど、一種の変態?
この話は人が死ぬこともなく、ちょっと内気な男が早とちりした失恋の話なんですけど、それだけでは終われない気持ち悪さがあります。
まず算盤で想いを告白するという。これは現代でやるとどうなんでしょう。かなり気持ち悪くないですか?「こんなことしてないで普通に言えよ」と思うし、気づいたとしても、毎日毎日気づくまで反応を観察されていたのかと思うとゾッとする。
S子の立場になればそう思うのが普通では?これは男の美醜なんて関係ないことです。
振られて女子社員の間でこそこそと陰口をたたかれたらいやだからって、自分に脈がありそうかチマチマ探りを入れる感じもね、ジメジメしてて嫌ですね。これは個人的な感想ですけど。
「あ~あ…」っていうオチは面白いんですけどね。
ちなみに、Tを演じたハライチの岩井さん、演技は初のようです。みみっちい性格の描写がうまかったなあ。
人でなしの恋
今回一番印象に残っているのがこれです。
話は、十数年前に夫を亡くした京子の昔語りの形で進みます。
京子の夫だった人物・角野は町の名士で、ものすごい美男子。京子は角野とお見合い結婚します。
19歳だった京子は、はかなげで美しい夫に恋をします。角野は読書好きで家に引きも凝りがちで、女嫌いという噂もありましたが、蓋を開けてみれば京子にも優しく接してこれ以上ないというほど愛してくれる。
ところが半年ほどたったころ、京子は夫の目がときどき遠くの方を見つめているのに気づきます。一度疑念が沸き上がるとどうしようもなく……
京子と結婚する前、角野はよく土蔵の二階にこもって読書をしていましたが、ここ半年くらいはそれもありませんでした。しかし、また夜な夜な土蔵に足を向けるようになったのです。
気になった京子は後をつけていき、夫が女と逢瀬を重ねていることを知ります。恋をしていた京子は夫の心をつかむ相手の女が憎く、顔を見てやろうと連日外でひっそりと待ち伏せているのですが、出て来るのは夫だけで他に誰かが出て来る様子もない。
そんなことをしばらく続けて、京子はあることに気づきます。土蔵の二階から角野が降りてくる直前、パタン、と何かを閉める音が聞こえるということに。
夫の手文庫から鍵を盗み出し、土蔵の二階を探った京子。見つけたのは、長持に入った人形でした。京子は思い至ります。夫が夜ごと睦言を交わしていたのはこの人形だと。
夫が真に恋い焦がれる相手があろうことか人形だなんて。夫の愛が命のない土くれ人形にあるのだと知ると、京子は人形を破壊してバラバラにしてしまいます。「これで夫が愛を傾ける存在はなくなった」と。
また角野が夜一人で土蔵に向かうのを確認した京子は、人形が破壊されたのを知ったらすぐ戻ってくるだろうと思っていましたが、一向に戻ってこない。
ある不安がよぎり土蔵を覗きに行くと、そこには首を斬って人形と折り重なって横たわる夫の遺体があったのでした。
それほど異常なこと?
生身の人間ではなくモノに過ぎない人形に恋をするというのは、まあ他人が知ったら驚くよなあ、という感想です。現代の感覚をもってしたら。
今の時代、初音ミクと結婚する人もいるくらいですよ。(実際にするわけではないですが)
二次元に本気で恋をする人はたくさんいるわけで、恋ではないにしても、子どものころ友達のように思っていたぬいぐるみのひとつやふたつあるという人も多いのではないでしょうか。
だから、角野がとんでもなく異常な男だとは思えない。
また、出て来る人形が妙に魅力的で、そりゃ恋をするのもわかるよ、と感じるほどです。原作にある人形の表現は以下のとおり。
俗に京人形と呼ばれておりますけれど、実は浮世人形とやらいうものなそうで、身の丈三尺余り、十歳ばかりの小児の大きさで、手足も完全に出来、頭には昔風の島田を結い、昔染の大柄友染が着せてあるのでございます。これも後に伺ったのですけれど、それが立木という人形師の作風なのだそうで、そんな昔の出来にも拘らず、その女児人形は、不思議と近代的な顔をしているのでございます。真ッ赤に充血して何かを求めている様な、厚味のある唇、唇の両脇で二段になった豊頬、物いいたげにパッチリ開いた二重瞼、その上に大様に頬笑んでいる濃い眉、そして何よりも不思議なのは、羽二重で紅綿を包んだ様に、ほんのりと色づいている、微妙な耳の魅力でございました。その花やかな、情慾的な顔が、時代のために幾分色があせて、唇の外は妙に青ざめ、手垢がついたものか、滑かな肌がヌメヌメと汗ばんで、それゆえに、一層悩ましく、艶かしく見えるのでございます。
とにかくなまめかしく魅力的。
ドラマの人形は島田は結ってませんでしたけど。
人間の女の手がかりを探していた京子が人形を見てハッとするほどですよ。どれだけ妖艶な人形なんでしょうね。
それにしても、また長持かーい。お勢登場も長持だし。
そして相変わらず高良健吾が演じる役は死ぬんですね。ほんとよく死にますよね……
高良健吾演じる角野はまあ、人間と愛し合うのが普通と思っている人にとっては「異常」だし「変態」なんでしょうけど、角野の最期はとても美しい。純愛なんですよね。人形相手だけど。
人形が壊されたと知ると、もう元通りには戻らないと知ると、自分も生きてはいられなかったんでしょう。あるいは、角野にとっては魂の宿った人形だったのかもしれません。
それでも角野は声色を変えて一人二役で人形と会話しているので、声なき声に耳を傾けて人形と通信していたのではなさそう。しゃべれない人形だってわかっているあたり、子どもの人形遊びと同じだし、ある一線は踏みとどまってそうですね。
多様性が重視され始めてきた現代では、それほど異常に映らない角野の恋ですが、この作品が世に出た当時はとんでもない異常愛だったはず。京子はこんなふうに語っています。
これは後になって、二三の方から伺ったことを、寄せ集めて、想像しているのでございますが、門野は生れながらに夢見勝ちな、不思議な性癖を持っていて、人間の女を恋する前に、ふとしたことから、長持の中の人形を発見して、それの持つ強い魅力に魂を奪われてしまったのでございましょう。あの人は、ずっと最初から、蔵の中で本なぞ読んではいなかったのでございます。ある方から伺いますと、人間が人形とか仏像とかに恋したためしは、昔から決して少くはないと申します。不幸にも私の夫がそうした男で、更に不幸なことには、その夫の家に偶然稀代の名作人形が保存されていたのでございます。
人でなしの恋、この世の外の恋でございます。その様な恋をするものは、一方では、生きた人間では味わうことの出来ない、悪夢の様な、或は又お伽噺の様な、不思議な歓楽に魂をしびらせながら、しかし又一方では、絶え間なき罪の苛責に責められて、どうかしてその地獄を逃れたいと、あせりもがくのでございます。門野が、私を娶ったのも、無我夢中に私を愛しようと努めたのも、皆そのはかない苦悶の跡に過ぎぬのではございませんか。そう思えば、あの睦言の「京子に済まぬ云々」という、言葉の意味も解けて来るのでございます。夫が人形のために女の声色を使っていたことも、疑う余地はありません。ああ、私は、何という月日の下に生れた女でございましょう。
人形に恋をした角野はこれが異常だと思っていて、それで京子と結婚して人間の女を愛そうとしたけど、それでも人形に恋い焦がれて苦悶したという。
これが現代なら「いや実は二次元に嫁がいて、」で済む話なんですけどね。そういうことが受け入れられにくい時代で(もちろん現代でもそういう面は強いですが)、人でなしの恋に苦悩した男と、その男の恋に嫉妬した女がいたという話です。
古代ギリシャ神話なんて水面に映る自分の姿に恋をしたヤツもいるわけで、そう珍しいことでもないんですが、相手が日本人形だっていうのがちょっとホラーチックでした。
人形が美しすぎて、そしてそれをぶっこわす満島ひかりがめちゃくちゃおそろしかったです。
江戸川乱歩作品は青空文庫で読めるよ
今回このレビューをまとめるにあたって原作のテキストを引用していますが、江戸川乱歩作品はもう著作権が切れているので、どの作品も青空文庫で無料で読むことができます。
kindleなんかも0円でダウンロードできると思います。
下に青空文庫のリンクを貼っているので、このドラマがどの程度原作に忠実だったのか気になる方はぜひ確認してみてください。
『お勢登場』
『算盤が恋を語る話』
『人でなしの恋』
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