ゴールデンカムイ24巻【感想・考察】与えられた役目と自分の幸せ

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引用元:集英社(https://books.shueisha.co.jp/items/contents.html?isbn=978-4-08-891737-5)
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24巻読みました。今回も例によって主に加筆修正箇所についてまとめます。それ以外の詳細については本誌の時のレビュー記事リンクを下にまとめています。

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前巻の感想はこちら↓

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房太郎王国


ゴールデンカムイ 24 (ヤングジャンプコミックスDIGITAL)

とくに目立った加筆ではないんですけど、船上での郵便配達人の暴走で房太郎の配下3人がやられてしまったところ。本誌ではあまり気にしていた様子はなかったと思うのですが、単行本では房太郎がだいぶ怒っていますね。「誰が殺したのか」と。

この後の流れからわかるとおり彼らはボウタロウの「家臣」でした。世迷言を言っているように見えますが房太郎はいたって本気で国をつくろうとしているので、家臣を大切にしていたらしい描写が加えられてちょっとホッコリ(死んだけど)。

杉元の父

結核で次々と死んでいったという杉元の家族。本誌掲載時はなかったと思うのですが、病床の父の襟元に吐血したあとが加筆されています。どれだけ危うい状態なのか、まざまざと突き付けられる。

これも本誌の時はなかったと思うのですが、杉元のセリフが追加されています。

「明日もう一度病院へ行って頼んできます」

野田サトル「ゴールデンカムイ」24巻/集英社より

杉元、父親には敬語だったんですね……。この時代じゃ身分問わずそれが普通だったのかもしれませんが、なんかいい。

この時の杉元は苦しむ父をただ見ていることしかできず、歯がゆい。父の咳を背後に聞きながら、何とも言えない表情です。

杉元父は「自分のために生きることは悪いことではない」だから家を出なさい、と言いました。単行本では、

自分が幸せに生きられる場所を探しに行きなさい

野田サトル「ゴールデンカムイ」24巻/集英社より

という父のモノローグが追加されています。

父の最期の願いを聞いたからか、杉元は一度家の門から出かけて、しかしまた踵を返して「殺してみろッ」と戻りました。本誌ではちょっとわかりにくかったところですが、家に戻っていく杉元のコマが追加されていますね。

「不死身」の暗示はここから始まったようです。

結核にはかからず病に勝った杉元ですが、結局父の「幸せに生きられる場所を~」というのはいまだ果たされていません。

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一緒にいたいからではない

杉元の家族の話にしても、房太郎はもともと根掘り葉掘り聞く人でしたが、加筆修正で輪をかけてしつこくなっている気がします。

チョウザメ調理後も、アシリパさんに家族がいるのかと尋ね、危ないから帰ったらどうか、どうしても一緒にいたいのかと聞きます。ここは新規追加箇所です。

まあ、アシリパさんはどう見たって子どもだし、のっぺら坊の娘云々の事情をまだ知らない房太郎がそう言うのも仕方ないことです。でも、「どうしても一緒にいたいの?」という問いはいかにも房太郎らしい聞き方だなあと思いました。「自分が一緒にいたくて一緒にいるのか」とそう聞いている。

しかしアシリパさんは、「一緒にいたいからではない」と答えます。そういうのじゃない。自分にはやることがあるから。そういうのはいいのだ、と。

房太郎はアシリパさんの思いを聞いているのに、アシリパさんはあくまでも「役目」でここにいるのだと言う。

杉元もそうだし、アシリパさんも役目に固執している。アシリパさんの場合はもちろん父の行動の謎、アイヌの未来という大事な目的もありますが、この目的がなければ杉元とは一緒にいられないという思いもあるはずです。それなのに、ただ一緒にいたいという「そういうの(自分の感情)」を優先してしまっては、一緒にいる「道理」が失われてしまうのです。

娼婦の罪

ジャックザリッパー編です。

宇佐美と犯人のやりとりはもう特に言うことはないのですが、犯人の股間の描写がちょっと変わりました?ち○ぽにアザなんてあったっけ?

そのアザが重要になるなら、菊田さんもかけられ損にはならないのか……。

本誌ではこのころはまだ犯人の顔がはっきりとは描かれていませんでしたが、そこが修正され、また目的もわかりやすく加筆されています。

宇佐美、菊田から逃れた後、もうひとり娼婦を手にかけた犯人。「アナタの罪を赦してあげマス ヨカッタヨカッタ」というコマが追加されています。そして、教会前で「ワタシは…アナタの子供デス」というコマ。

ここは次巻の内容でネタバレになるのであまり触れませんが、ここに娼婦の存在を罪穢れのように捉える犯人のバックボーンが薄っすら見えます。

ところで、娼婦の罪がどうこう言いつつ犯行現場で自慰をする犯人は、どこか姉畑先生に似ていますね。

姉畑先生は動物が好きだと言いながら、交わった動物を殺している。アシリパさんの言葉を借りれば「姉畑もどこか動物とウコチャヌプコロするのが良くないことだと分かっていたんだ あとになってその存在ごとなかったことにしようなんて…」。「男ってもんは出すもん出すとそうなんのよ」とは尾形の言ですが……。

姉畑先生が事後に我に返って、自分の行いを汚らわしいと、襲った相手(木含む)の存在を消して自分の行いごと消し去ろうとする、というのが決まった流れでした。

ファンブックを読んで納得したのですが、姉畑先生が嫌いなものは「自分」だそうです。なるほど、そういうふうに描かれています。

姉畑先生は自覚してるだけまだいいですが、今回の犯人は自身の中にある「汚らわしさ」を認めながら、蓋をして、自慰を「清め」の行為として行っているのが性質が悪い。まるで売春する未成年を買っておきながら上から目線で説教するオッサンの論理です。

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